秋田地方裁判所 昭和55年(ワ)12号 判決 1981年3月30日
原告
津谷徳男
ほか三名
被告
戸島宇一郎
主文
一 被告は原告津谷徳男、同津谷ノリ子に対しそれぞれ金二八九万六六五五円及び右の各金員に対する昭和五三年一一月二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告津谷徳男、同津谷ノリ子の被告に対するその余の請求並びに原告津谷勇徳、同津谷キヨの被告に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告津谷徳男、同津谷ノリ子と被告との間では被告の負担とし原告津谷勇徳、同津谷キヨと被告との間では右原告らの負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告津谷徳男、同津谷ノリ子に対しそれぞれ金四〇五万四五六六円、原告津谷勇徳、同津谷キヨに対しそれぞれ金一一〇万円並びに右の各金員に対する昭和五三年一一月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 訴外津谷麻理子(昭和四九年五月二〇日生)は、昭和五三年一一月一日午前一〇時四〇分ころ、秋田県北秋田郡鷹巣町坊沢字大柳岱屋敷一六番地の被告方屋敷内において、被告の子供達と遊んでいたところ、公道より進入して来た被告運転の貨物自動車(車両番号秋四四そ六五五六号)に衝突され、肝臓破裂の重傷を負い、直ちに厚生連北秋中央病院に入院して手当を受けたが手術の甲斐もなく同月六日午後八時四五分ころ右病院において死亡した。
二 被告は本件事故当時、前記自動車を保有し、自己のため運行の用に供していたもので、その運行によつて麻理子を死亡せしめたのであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づいて同女が死亡したことによつて生じた損害を賠償する義務がある。
三 原告らと亡津谷麻理子との身分関係
亡麻理子は原告津谷徳男(以下「原告徳男」という)、同津谷ノリ子(以下「原告ノリ子」という)夫婦の二女で原告津谷勇徳(以下「原告勇徳」という)、同津谷キヨ(以下「原告キヨ」という)夫婦は原告徳男の実父母、すなわち亡麻理子にとつて祖父母にあたる。
四 原告徳男、同ノリ子の損害
1 亡麻理子の逸失利益
本件事故当時亡麻理子は四歳の女子で本件事故に遭遇しなかつたならば、高校卒業時の年齢である満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働可能と推認するのを相当とするところ、労働省労働統計調査部編昭和五二年の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計・学歴計の女子労働者の一八―一九歳の年間給与額は一一四万一六〇〇円であるので、昭和五三年度のそれはベースアツプ分として五パーセント加算した一一九万八六八〇円である。そこで右金額より生活費として五〇パーセントを控除し、これを基礎にホフマン複式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故当時の逸失利益の現価を求めると次のとおり一〇五九万五一三二円となる。
119万8680×0.5×17.678=1059万5132
2 亡麻理子の慰謝料 一〇〇〇万円
3 入院治療費 二五六万二八五〇円
内訳
(一) 北秋中央病院に対する支払 二一一万二八五〇円
(二) 献血者に対する謝礼 四五万〇〇〇〇円
4 付添費 一万八〇〇〇円
亡麻理子の入院中の六日間の付添費用である。
5 入院諸雑費 六〇〇〇円
亡麻理子入院中の六日間の諸雑費である。
6 葬祭費 五〇万円
原告徳男、同ノリ子は共同相続人として決定相続分により亡麻理子の損害賠償請求権を相続した。
五 原告勇徳、同キヨの損害
原告勇徳、同キヨの両名は原告徳男の実父母として原告徳男、同ノリ子夫婦及び亡麻理子を含めた孫達と同居していたものであるが、原告徳男が消防署に同ノリ子が病院の看護婦として勤務していた関係上日中は殆んど亡麻理子の世話をして来たもので、亡麻理子もまた良く祖父母になついており、四歳という最も可愛い盛りのしかも三人姉弟の仲で一番利発だつた孫を本件事故で失つた悲歎は計り知れないものであり、被告が何ら誠意がないことを考慮すれば、原告勇徳、同キヨの慰藉料はそれぞれ少くとも各一〇〇万円を下らない。
六 損害の填補 一六二七万二八五〇円
原告徳男、同ノリ子両名は、自賠責保険より一五二一万円、被告より治療費の一部として九一万二八五〇円、見舞金として五万円、葬式の際一〇万円、以上合計一六二七万二八五〇円の支払を受けたのでその損害額は七四〇万九一三二円となり、原告らは被告に対し、その二分の一にあたる三七〇万四五六六円宛を請求し得る。
七 弁護士費用
原告らは本件訴訟を原告訴訟代理人に委任したが、弁護士費用は原告徳男、同ノリ子について各三五万円、原告勇徳、同キヨの両名につき各一〇万円を相当とする。
八 結論
よつて被告に対し、原告徳男、同ノリ子の両名はそれぞれ四〇五万四五六六円宛、原告勇徳、同キヨの両名はそれぞれ一一〇万円宛及び右の各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年一一月二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一項ないし三項は認める。
二 同四項中北秋中央病院に対する支払額は認め、その余は争う。
三 同五項は認める。
四 同六項は争う。
(抗弁)
本件事故の原因として亡麻理子の飛出し行為が認められること並びに両親に監督上の不注意のあることを考慮すれば本件損害額からその二割を過失相殺として控除すべきである。
(抗弁に対する認否)
抗弁事実は争う。
第三立証〔略〕
理由
一 請求原因第一、第二、第三項の事実は当事者間に争いがない。
二 原告徳男、同ノリ子の請求について判断する。
1 亡麻理子の逸失利益 金一〇六三万六三一一円
亡麻理子は本件事故当時満四歳の女子であり本件事故に遭遇しなかつたならば高校卒業時の年齢である満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働可能と推認するのを相当とするところ、労働省賃金構造基本統計調査報告書によれば、昭和五三年「パートタイム労働者を除く労働者の年齢階級別きまつて支給する現金給与額所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」の産業計、企業規模計、女子労働者の学歴計満一八歳ないし満一九歳の現金給与額は九万〇三〇〇円、年額合計一〇八万三二〇〇円であり、年間賞与その他特別給与額は一一万九八〇〇円であることが認められるから年間総収入額は一二〇万三四〇〇円となり、生活費は右収入の五割を超えることはないと認めるので、亡麻理子の稼働可能期間中の逸失利益の死亡時における現価をホフマン式計算方法により中間利息を控除して計算すると次のとおり一〇六三万六三一一円となる。
(9万0300×12+11万9800)×0.5=60万1700
60万1700×(28.0865-10.4094)=1063万6311
2 治療費 金二一一万二八五〇円
亡麻理子は本件事故による肝臓破裂の傷害のため、事故当日の昭和五三年一一月一日より死亡時の同月六日まで厚生連北秋中央病院に入院し、その入院治療費として北秋中央病院に対し、二一一万二八五〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。
3 付添看護費・入院雑費 金二万四〇〇〇円
麻理子の年齢、症状に照らし入院期間中付添看護を必要とする状況にあつたものと認められるところその付添看護費用は一日三〇〇〇円をもつて相当とし、右入院期間中の入院雑費は一日一〇〇〇円と認めたのを相当とするから入院期間中の付添費、入院雑費の合計額は二万四〇〇〇円となる。
4 献血者に対する謝礼 金三九万三〇〇〇円
原告津谷ノリ子本人尋問の結果及びこれにより成立の真正を認める甲第九号証の一、二によれば、亡麻理子に輸血するため一三一名より献血を得、その謝礼として一人当り三〇〇〇円、合計三九万三〇〇〇円を支出したことが認められる。
5 葬祭費 金五〇万円
葬祭費は五〇万円をもつて必要かつ相当と認める。
6 慰謝料 金八〇〇万円
亡麻理子の慰謝料は同人の年齢、本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌し八〇〇万円と認める。
三 損害の填補
以上の損害額合計二一六六万六一六一円に対し、合計一六二七万二八五〇円の支払のあつたことは当事者間に争いがないから損害額残額は五三九万三三一一円となる。
四 相続
亡麻理子は原告徳男、同ノリ子夫婦の二女であることは当事者間に争いがないから右原告らは共同相続人として法定相続分により右麻理子の損害額五三九万三三一一円をそれぞれ二六九万六六五五円ずつ相続したものとみるべきである。
五 原告津谷勇徳、同津谷キヨの請求について判断する。
不法行為による生命侵害があつた場合、被害者の父母、配偶者及び子が加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求し得ることは民法七一一条が明文をもつて認めるところであるが、右の規定はこれを限定的に解すべきものではなく文言上同条に該当しない者であつても被害者との間に同条所定の者と実質的に同視し得べき身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は同条の類推適用により加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求し得るものと解すべきところ、原告勇徳、同キヨの両名は亡麻理子の祖父母として同女と同居して生活し、勤務のため日中不在の原告徳男、同ノリ子に代わり世話を見ていたことが認められ、本件事故により愛する孫を失つた原告らの悲歎は察するに難くないけれども、民法七一一条所定の近親者の存する本件において右の事情をもつては未だ原告らにつき右近親者と同視し得る身分関係が存するものとしてその精神的損害に対する固有の慰謝料を肯認するに足りないというべきであるから原告らの請求は失当である。
六 被告の過失相殺の抗弁について判断する。
被告は本件事故の発生につき亡麻理子の飛出し行為、両親の監督上の不注意を主張するのであるが、本件に顕われた全証拠によつても右主張の事実を認めることはできない。
却つて亡麻理子は当時満四歳で事理弁識能力を欠くと考えられるうえ、成立の真正に争いのない甲第一〇号証の二ないし四、乙第一ないし第一五号証によれば本件事故は被告が普通貨物自動車(車長四・六九メートル、車幅一・六九メートル)を運転し幅員約四・一メートルの県道から幅員約三・六メートルの通路に入るため左折するに際し、左側角の空地の道路ぎわで遊んでいる亡麻理子を認め、危険を感じ「どけれ」と声をかけたところ、同女が道路ぎわから僅かに離れたのに気を許し、同女が安全な場所に避譲するものと速断し、自車の左側に対する安全の確認を怠つて左折進行した過失により自車の左後車輪が内輪差の関係で通路から空地の方に僅かにはみ出し、側溝を越えたとき亡麻理子に接触してその腰部を轢過したものであることが認められ、右認定の事故発生時の状況に徴すると、本件事故は幼児の生命身体の安全に対する配慮を欠いた被告の運転行為に基因するもので被害者側の過失を論ずる余地は存しないものというべきである。
七 以上の次第で原告徳男、同ノリ子は被告に対しそれぞれ二六九万六六五五円の損害賠償義務があるというべきところ、右原告らが訴訟代理人弁護士に本件訴訟を委任していることは明らかであり、その費用は各二〇万円をもつて相当と認める。
八 よつて原告徳男、同ノリ子の本訴請求は被告に対し各二八九万六六五五円及びこれに対する昭和五三年一一月二日以降支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し原告勇徳、同キヨの請求はその理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用し原告徳男、同ノリ子と被告との間においては被告の負担とし、原告勇徳、同キヨとの間では右原告両名の負担とし、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 名越昭彦)